オンライン日ウ対話「平和と共存を語る」を開催して
8月9日、長崎原爆投下の日に、ウクライナの友人に声をかけて交流会を開催しました。
【きっかけ】
長崎の原爆という動く絵本をロシア語に翻訳し、それを通訳仲間の皆さんにお見せしたところ、横浜通訳研究会の森田令子さんは、ガイドで訪れたことがあったそうで、長崎の心を伝えたいという言葉が返ってきました。
なら、善は急げ!もう二度とこんなことが起こってほしくないという思いを一番理解してくれるのは、チェルノブイリ原発事故の後遺症に苦しんできたウクライナの人々だと思い、あるウクライナ人の日本語の先生に話すと、交流会のアイデアに大賛成だと応じてくださいました。
私と、キエフ国立言語大学の日本語講師ナウモワ・ユーリアさんはそれぞれロシア語、日本語を教えています。言語学習の意味も込めて、お互いの生徒さんたちに参加を呼びかけました。
【産みの苦しみ】
この交流を決めてから一か月間、それぞれがスピーチ内容を練り上げていきました。スピーチは日本側から、3名が登壇:スピーチをした森田令子さんは何度も原稿を書き直しました。
ご本人の談です:「結局、最初にお話ししていたのと全く違うテーマになりました。長崎の観光ツアーで、地元出身のさださんの歌を何か紹介したいな~と思ったとき、やはり「防人の詩」だと考えました。
悲しく重い歌詞ですが、じっくり読みこみ、聞きこむと、その絶望の奥に、全てに対する労わり、慈しみが見えてくるような気がし、希望を感じました。
そこに、長崎人の(または日本人の)、寛容さの一端があるのかもと思います。
自分の言葉で話せる、話したいことを掬い出して、そこにフォーカスして作っていこうと思います」
そしてウクライナ側からはユーリアさんが共存をテーマにスピーチ。日本人がロシア語で話し、ウクライナ人が日本語で話すというパラドックスではありますが、出来上がった原稿を母語話者同士でチェックしあったこの一か月間は語学学習としても貴重な一か月でした。
通訳は横浜ロシア語通訳研究会のメンバーを含む有志の方達にお願いしました。
【参加者の積極的交流】
そして、短い時間ではありましたが、文科会に分かれて、直接言葉を交わしあい、楽しいひと時を過ごしました。キエフに留学したことがあるという日本側参加者は覚えているウクライナ語を話し、ウクライナメンバーは、まだ3年生という学習歴も浅い方たちですが、一生懸命に伝えようという熱意に日本側は心を打たれました。
【センターの教職員、生徒さんたちから 寄せられた感想です】
75年前に長崎に原爆が投下された日である8月9日にこの交流会にお誘い頂き、4人の方の発表を日本語とロシア語で聴かせて頂き、本当に心に残る交流会となりました。
「長崎の鐘」の発表は、永井隆博士の自らも被曝され命を削りながらも医学者として冷静に人々の病状を分析し、大変な状況の中で人々の治療に尽くされた永井博士の記録を読ませて頂くご縁を頂き、感謝しています。
万葉集にある「防人の歌」をもとにしたさだまさし氏の歌をテーマに、生きとし生けるものに終わりがあるのなら山は死にますか?海は死にますか?…という問い。以前は「いえ、自然は死なない」と思っていたけれど、「自然も死ぬ。だからこそ一期一会のこの時を大事に生きなければいけない」との考えに至られた話者のお話は説得力がありました。
誰もが一度は見たことがあるであろう「火垂るの墓」をテーマにされたお話は、戦争というものが如何に人を無慈悲にし、罪なき弱き人々を不幸にしていくか、心に強く訴えるものでした。
最後にウクライナのユーリア先生のお話は、人工知能を持ったロボットがいずれは色々な仕事を人間に代わってするようになって行くだろうが、その時、ロボットに倫理、同情、助け合いといった人の道を人は教えられるだろうか…という現代社会の人間に差し迫った問題提起でした。
どのお話も深くて、短い時間で終わってしまうのが勿体ない感じがしました。そして何よりも、ロシア語を日本語に、日本語をロシア語に通訳して下さった皆様方の力量の高さに感動しました。グループに分かれての交流会では、ウクライナの方が日本語、またロシア語でして下さるお話を面白く聴かせて頂きました。言葉を勉強することは他国の方と意志疎通できること…という根本的な楽しさを味わうことができました。(O)
***
中西真悠子さんの感想:「まず竪山先生のロシア語が本当に流暢で、イントネーションや発音など、ロシア生まれのネイティブの方なのかと思ったくらい、驚きました。日本人でも、究めるとここまで話せるようになるんだな、と感嘆しました。発表者と通訳の方もわかりやすく、これくらい話せるようになれたらいいなと思いました。
さて内容は、原爆を落とされてもなお、祈り続ける長崎の人々、キリスト教の精神について。さだまさしの「防人の詩」や、映画『火垂るの墓』についてなど、示唆に富んだ考察で、考えさせられました。
コロナで世界的な分断が深まり、不安や対立が顕在化している昨今。異なる国、文化の人がいっしょに平和について話し合うことは、大切だと思います。
戦争は大きな組織、国同士の政治や経済における問題や競争によって、人間個人、人道や人権や人間性が抑圧され侵害されることで引き起こされると思います。そうならないためには、国境を超えて市井の人々が、想像力や思いやりによって尊重し合う努力をし続けることが有効ではないかと考えました。
また、日本人4人とウクライナの方1名でお話しできたのは貴重な機会で、嬉しかったです。自己紹介と、ロシア語/日本語を学んだきっかけや、外国語の難しさなどお話しできました。年代や居住地も異なる人々が、同じ言葉を学んでいるという共通点で繋がれるのは素晴らしいことだと思いました。
Zoomを用いたオンライン国際交流会は、場所を超えて繋がれる、新しい画期的な試みだと思います。またの企画を楽しみにしております。次回は個別のお話しタイムをもう少し長めにとって頂けると、なお嬉しいです!」
***
米沢佳奈さんの感想:「発表者の方それぞれの反戦への思い、戦争の記憶に対する向き合い方について興味深く聞くとともに、このように考える人が多数なのになぜ戦争が世界からなくならないのかとも考えさせられました。それに対するウクライナの生徒さんたちの考えや彼らの戦争観、平和観というのも聞いてみたかった気がしました。
グループセッションでは、ウクライナの方が活き活きと日本のことを語られる様子が大変印象的で、嬉しく感じました。私はあまり積極的にセッションに参加できませんでしたが、ほかの日本側参加者たちのロシア語力の高さにもとても刺激を受けました。もっとロシア語を勉強せねば…。
このような機会を設けてくださり、感謝です。次回があれば、是非また参加したいです。」
【初体験】
司会をしてくれたのは、横浜ロシア語センターに学ぶ田中恵子さんです。
ご本人の談です:「初めてのロシア語での司会、しかもオンラインでということで、たいへん緊張いたしました。司会原稿をいただいてから、力点や発音、言葉の言い回しなど調べ、練習したものを録音してチェックしました。無事終了し、ほっとしています。自分にとって、とても良い経験になりました。」
【思いの伝わる通訳を】
通訳をしてくれた横浜ロシア語センター付属通訳研究会清水陽子さんは:
「ウクライナとのWEB交流は初めてで、楽しみにしながらも少し緊張していましたが、先生であるユーリアさんがとても優しい方ですぐに緊張が解けました。
私は演者が映画「火垂るの墓」をもとに、戦争に関する思いを日本語でスピーチするのを逐次通訳しましたが、ウクライナの学生さんにも興味深い内容だったのではと思います。皆さんがしっかり聴いてくださっているように感じ、通訳としてだけでなく人として、国境を越えて戦争について共に考える貴重な経験となりました。他の方のスピーチと通訳を聴けることも貴重で、このような機会をいただいて感謝しています。」
***
岡田恵理さん「演者の強い思いがこもったスピーチだったので日本語ネイティブにも、日本語を学んでいるウクライナの人たちにも、心に響くような通訳をしたいと思って臨みました。日本語学習者のために特別に簡単な表現を選ぶということはせず、その代わり、語りかけるような言い回しを心がけました。
通訳している時、チラッとウクライナの学生の皆さんが頷きながら真剣に耳を傾けている様子が見えてとても嬉しかったし、励みになりました。遠く離れた国からリアルタイムで反応が得られる素晴らしい体験でした。」
【海の向こうからのメッセージ】
キエフ国立言語大学のユーリアさんはこんな感想を寄せてくださいました。
「私たちは知り合うことで、文化や暮らしをお互いに紹介することができます。また、日本語とロシア語学習の支援にもなります。
テーマは、「平和と共存」。容易ならぬテーマですが、日本側の発表に心を打たれました。ちょうど、その数日間、全世界が広島・長崎の原爆投下の悲惨さを振りかえっていました。75年前に起こったことについて現代を生きる日本人が、どう思うかを知ることは私にとって貴重でした。まだ傷は癒えていないのだということが心に響きました。とても意味深い内容を、完璧なロシア語で伝えていただきました。発表者のロシア語の高いレベルにとても驚きました。
日本の方にロシア語を教えたことがあります。自分の経験から言うと、ロシア語を外国語として学習することは、本当に挑戦のようなことだと思います。どれだけの忍耐力と時間がかかるかをよく理解しています。ですから発表者と通訳さんたちをはじめとするロシア語学習者は本当に凄いと思います。私にとっては日本語へのモチベーションとなりました。また会いましょう!お互いのことをもっと知り合いましょう。友達になりましょう!
【これが終わりじゃない】
秋にまた交流会を持とうと約束しあいました。コロナ禍でリアルに会うことができないのは、不自由かもしれません、ですが、不自由は工夫の母ということもあるかと思います。オンラインという、飛行機になることも、経費をかけることもなく、自由に交流するまたとないチャンスを手に入れたとも言えます。
学んだロシア語で自分の気持ちを表現すること、通訳に挑戦すること、そして、自分が学ぶ言葉を母語としている人たちと直接語り合うこと、そういう無限の可能性がオンラインという世界には広がっています。
さあ、次回は貴方がスピーチをする番です。貴方の司会で、貴方にとって楽しい交流会をしましょう!
(横浜ロシア語センター講師 竪山 洋子)