NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会

中世ロシア興亡史講義~歴代君主の素顔とその真実~862-1598

読者諸氏へ

地球上の陸地の八分の一にあたる国土を擁する世界最大の国家ロシアは、
今からおよそ千年前は、たび重なる遊牧民の襲撃におびえる平原の一国家にすぎなかった。
当連載では、ロシア萌芽期の歴史を絵と文章で追ってゆく。
なお、底本として、2003年にスモレンスクで出版された"Российские государь 862-1598"を参考としている。

文:大山 麻稀子・川西 信義 (*)
*共著は第198回まで。川西氏は2022年5月に逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。

※この記事は神奈川県日本ユーラシア協会機関紙に2006年5月号から連載されています。
第153回(2019年1月号)以前については旧ホームページでごらんください。

 
第210回

第210回 ドミートリー暗殺の企みとその後(2024年2月号掲載)

 497年、貴族会議と府主教の完全な同意を得てイヴァン三世が大公位継承者として正式に孫のドミートリーを指名し、その上戴冠式まで行われることが…続きを読む

PAGE TOP

 
第209回

第209回 イヴァン三世の後継者(2024年1月号掲載)

 イヴァン三世が自らを「ツァーリ」と名乗るようになると、それは彼の性格にも影響を与えずにはいられなかった。というのも…続きを読む

PAGE TOP

 
第208回

第208回 イヴァン三世、「大公」から「ツァーリ」へ(2023年11月号掲載)

 モスクワ大公国が独立した力強い君主国家になったにもかかわらず、イヴァン三世の公式の称号は以前通り、「大公」のままであった。…続きを読む

PAGE TOP

 
第207回

第207回 イヴァン三世の偉業(2023年9月号掲載)

 言うまでもなく、ノヴゴロドの自由民の凋落、そしてタタールのくびきからの解放は、画期的な出来事であった。しかしながら…続きを読む

PAGE TOP

 
第206回

第206回 イヴァン三世、タタールのくびきを引きちぎる(2023年8月号掲載)

 すでに9年間も貢税を汗国に納めていなかったイヴァン三世との和平案を承諾せず、ウグラ川を挟んでイヴァン三世の軍隊と対峙していたアフマト汗の軍に…続きを読む

PAGE TOP

 
第205回

第205回 アフマト汗、ルーシ遠征を試みる(2023年7月号掲載)

 イヴァン三世の統治機関、ルーシの歴史においてさらにもう一つ終止符が打たれたものがあった。事の成り行きは…続きを読む

PAGE TOP

 
第204回

第204回 イヴァン三世、ノヴゴロドの君主となる(2023年6月号掲載)

 1477年11月にモスクワの軍隊に包囲されたノヴゴロドは、イヴァン三世との交渉を試み、双方の話し合いは翌年の1月まで続いた。…続きを読む

PAGE TOP

 
第203回

第203回 ノヴゴロド再び反旗を翻す?(2023年5月号掲載)

 ノヴゴロドのスラヴェンスキー地区住民による訴えが、地元の領主評議会や民会を飛び越えてイヴァン三世のところに持ち込まれ…続きを読む

PAGE TOP

 
第202回

第202回 モスクワ宮廷生活の変化(2023年4月号掲載)

 イヴァン三世に対するソフィヤの影響力というものはもちろんあったが、国務に関して言えば間接的な影響しか及ぼさなかった。…続きを読む

PAGE TOP

 
第201回

第201回 イヴァン三世の新たな妻、ソフィヤ(2023年3月号掲載)

 1472年9月21日、ゾーヤ・パレオロギナは海路でレーヴェリ(現在のエストニア共和国の首都タリン。フィンランド湾に面する)へ到着した。…続きを読む

PAGE TOP

 
第191回~第200回目次

第191回~第200回目次

(2022年5月号~2023年2月号掲載)

PAGE TOP

 
第181回~第190回目次

第181回~第190回目次

(2021年7月号~2022年4月号掲載)

PAGE TOP

 
第171回~第180回目次

第171回~第180回目次

(2020年9月号~2021年6月号掲載)

PAGE TOP

 
第161回~第170回目次

第161回~第170回目次

(2019年10月号~2020年8月号掲載)

PAGE TOP

 
第154回~第160回目次

第154回~第160回目次

(2019年2月号~2019年9月号掲載)

PAGE TOP