NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会

中世ロシア興亡史講義~歴代君主の素顔とその真実~862-1598

読者諸氏へ

地球上の陸地の八分の一にあたる国土を擁する世界最大の国家ロシアは、
今からおよそ千年前は、たび重なる遊牧民の襲撃におびえる平原の一国家にすぎなかった。
当連載では、ロシア萌芽期の歴史を絵と文章で追ってゆく。
なお、底本として、2003年にスモレンスクで出版された"Российские государь 862-1598"を参考としている。

(文:大山 麻稀子・川西 信義)

※この記事は神奈川県日本ユーラシア協会機関紙に2006年5月号から連載されています。
第153回(2019年1月号)以前については旧ホームページでごらんください。

 
第187回

第187回 大公位を追われたヴァシーリー二世(2022年1月号掲載)

 目を潰されて盲目となったヴァシーリー二世は、妻と共にシェミャカの分領地であるウグリチ(現在のロシア・ヤロスラヴリ州にある古都。モスクワから北へ200キロ)へ送られ、その地に幽閉された。…続きを読む

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第186回

第186回 ヴァシーリー二世、目を潰される(2021年12月号掲載)

 タタール人をルーシの兵役に就かせて国境付近を防衛させ、同時に無人の地を開拓させる、ヴァシーリー二世の政策は、民族の尊厳を傷つけるものとみなして不満を持つ者がモスクワ内を含め多く存在した。…続きを読む

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第185回

第185回 捕虜になったヴァシーリー二世(2021年11月号掲載)

 1445年の初夏、ウル‐ムハンマドがモスクワを攻撃するために自分の二人の息子を送り出した、という報告が届いた。ヴァシーリー二世も、軍隊を率いて彼らに向かって出ていった。…続きを読む

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第184回

第184回 汗国から追放されたウル-ムハンマド汗(2021年10月号掲載)

 ユーリー公とその息子たちとの戦いが幕引きしたのも束の間、今度は汗国の方に問題が勃発した。諸史料によれば、ヴァシーリー二世は貢税を正確に汗国に納めていた。…続きを読む

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第183回

第183回 ガーリチ公ユーリー、死す(2021年9月号掲載)

 ヴァシーリー二世が逃亡している間、ユーリーと同盟者たちは1434年3月31日にモスクワへ入場、大公妃マリヤと前大公妃ソフィアを捕虜とし、自分の世襲領地の一つへ護送した。…続きを読む

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第182回

第182回 ヴァシーリー二世、再びモスクワを離れる(2021年8月号掲載)

 ユーリーの捕虜となり、和平条約を結んだ後にコロムナを領地として与えられたヴァシーリー二世であったが、事態は思いもよらぬ方向へ進んでいった。…続きを読む

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第181回

第181回 ヴァシーリー二世、モスクワから追放される(2021年7月号掲載)

 ヴァシーリー二世の結婚式の最中に皆の眼前で侮辱された、ガーリチ公ユーリーの息子たち(ヴァシーリー・コソイとドミートリー・シェミャカ)は、それまで、モスクワと対立する父親を積極的に支持してはいなかった。…続きを読む

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第171回~第180回目次

第171回~第180回目次

(2020年9月号~2021年6月号掲載)

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第161回~第170回目次

第161回~第170回目次

(2019年10月号~2020年8月号掲載)

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第154回~第160回目次

第154回~第160回目次

(2019年2月号~2019年9月号掲載)

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